☆自然の復元力☆
 環境汚染と自然の復元力
自然の復元力を利用する
自然の摂理で知床の自然生態系に触れました。その生態系に異常が起こっています。現在、知床岬では昆布が少なくなり始めています。海の中でも温暖化により、流氷が少なくなり、常時溜まる砂類を削り取らなくなってきている為です。流氷が知床の海の中の掃除の役目をしているのです。昆布は海の生態系に重要な役割を担っています。海の生態系は陸の生態系・百五十種類の樹木の生態系にも連鎖していきます。これまで正常に機能していた連鎖のある一箇所で微妙な変化が起こると、次から次へと波及していくということでしょう。いのちの塊である生態系は「食の連鎖」で繋がり、どれ一つ無くても崩壊します。これも「自然の摂理」です。このような例は、昨今枚挙のいとまがないほどです。
自然には元に戻ろうとする復元力もあります。当然これを積極的に利用しようという考えが生れます。例えば環境汚染を食い止めようというようなことです。ここでも「自然の摂理」が働くこと、我々が感知出来ることも出来ないことも含めて、色々な事象が相互に依存しあって働くという原理を忘れてはならないでしょう。三十年来の経験に照らして、私には圧倒的なパワーを持った原理として見えます。
経験と叡智が生きる
自然の水でちょっと触れたジャウーの水槽飼育のことです。限られた空間にアマゾンの生態系に近いものを作るということですから、崩壊した生態系の復元以上の意味があります。これを限られた知識や理論だけに頼ってやると(はじめはそうしました)、どうしても限界があります。それが、自分には見えないもの、自分の理解を超えるもの、も含めた相互作用を素直に受入れると段々見えてくるのです。そして色々な叡智が体得されてくるのです。ここを押すとあそこが開く、そこを引っ張ると想像もつかないところに変化が生じる、というような具合です。昔からの職人芸にもそんなことがあるのではないでしょうか。つまり、「自然の摂理」に迫るには、あるいは「自然の摂理」を生かして環境汚染を食い止めようと言うような時には、既存の知識や理論を使いこなすだけでは不十分で、経験で感知・体得する領域が非常に大きいと言いたいのです。それを軽視すると、実際の役に立たないのです。
水槽飼育での食餌は、生餌であれ疑似餌であれ、人工的に補給します。自然環境と大きく異なるのはいかんともしがたい事ですが、経験と叡智が生きてくるところでもあります。それにもまして水が決定的に重要になります。「水」を綺麗にすると言うことだけではなく、微生物にも深く関与しているということです。狭い空間とはいえ微生物も含めた生態系が存在し、「自然の摂理」が働いているように思います。いずれにせよ、どこをどう按配すればどういう結果になるか、魚が健康に成長するか、という事がほぼ体得できたという自信があります。
とはいっても全てが見えたという実感はありません。ますます奥深い先が見えてきたと言う感じです。特に、水槽飼育で体得した経験と叡智は他にも応用がききます。そう思うとやりたいことや試してみたいことが次から次へと浮かんできます。朝四時前に寝たことがないという毎日が依然続いています。ただ漫然と経験を積んでも得ることはないでしょう。私は常に問題意識を持って動植物に接し調理に向かっています。実際に手を下し予想した事と結果を比べ次の工夫やアイデアに結び付けます。漠然とした経験から叡智は生れません。
多少科学軽視と受取られかねないことも書きましたが、寝食を忘れて努力している科学者も沢山いると思います。敬意を表したいと思います。真理や原理にせまると言う意味で、また努力と智力がものを言うという点でも同根だと思います。

8/31/2008
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